どうやって本を作ろう
3 外国語での出版には
4 編集者はプロデューサー

外国語での出版には

前回、読者を想定しての“企画の練り方”を、皆さまと共に考えましたが、今回は「企画」つながりで、日本人にニーズの高い「アメリカでの出版」を考える方のための、準備の仕方についてお話ししましょう。

まず、アメリカの出版社においては「日本語から英語に翻訳してくれる」ということは、ほとんどありません。日本は知的水準において辺境のようなところですから、外国語を翻訳する日本国内の出版文化はあっても、その反対で「日本語の書物が外国で翻訳される」ことは、特に欧米圏では極めてまれです。

たまに日本の研究書が翻訳されることもありますが、それはほとんど、日本政府の外郭団体による日本側からのアピールの一貫です。私たちが外国の書籍を商業翻訳でおこなっているように、欧米の出版社が自分たちの費用で日本語から英語をはじめとする欧米語に出版することは、極めてまれなのです。

 まず、外国語で出版する場合には、その外国語の翻訳原稿を自分で整えなければなりません。知り合いの留学生などが引き受けてくれれば、安価な値段で出来ることでしょう。一方、プロフェッショナルな翻訳会社に頼むのであれば、一桁違う金額が翻訳代として要求されるに決まっています。しかしながら、英語の質が整っていなければ、企画が採択されることはありませんから、最初から高い翻訳能力を有する人に依頼する方が賢明と云えます。

その翻訳能力の基準とは、きちんとした英語が書けること、もうひとつは、自分の日本語の特質を委細理解する日本語能力を備えていることです。ここで問題となるのが英語能力です。ふつうの日本人にはその判断がつきません。ですから、別の権威ある欧米人のプロフェッショナルな研究者に読んで判断してもらうとよいでしょう。生硬な表現になっていないか? 逐語訳になっていないか? 誤訳が多くないか? 注がきちんと書けているか?

そうでした! 英語の学術書の形式には「シカゴ・スタイル」と「ハーバード・スタイル」の二種類のマニュアルがあります。自分が申請しようとする出版社がどちらの原稿を求めているのかは、ホームページを見れば書いてあります(もちろん、その外国語で)。ですから、あらかじめ他の条件も含め、執筆形式を頭に入れておかなければなりません!!

 もうひとつ、外国語出版の準備に着手するために、大事なことがあります。

それは、翻訳代を得るために、自身が所属する機関の研究助成金や外部資金などの獲得が必要になる、という点です。比較的大きな大学であれば、事務の研究担当の部署に行くと、そうした研究助成金の申請一覧のファイルを持っていて、見せてくれます。それを備えていないところでも、ネット検索すれば辿り着くことができます。翻訳代の助成金を出してくれるところを探してみてください。ただし、注意しておきましょう。翻訳開始から出版までの期間が定められているのが普通ですから、その期間を、自分の事情に合わせて確認しておかなければなりません。

編集者はプロデューサー

ジョージ・マーチンという名のイギリス人を知っていますか。

音楽ファンならご存じですよね。ビートルズの名プロデューサーです。ビートルズがデビューしてから、最後のアルバムとなった《レット・イット・ビー》以外は、すべてアルバムのプロデュースを担当しています。初期のシンプルなロックンロールを演奏したアルバムから、後期の《サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド》や《アビイ・ロード》に至るまでです。

本づくりの話なのに、なぜ私は音楽の話をしているのでしょう。それは、プロデューサーというのは、本づくりでいえば“編集者”の仕事、すなわち「原稿」を編集して「本」というひとつの作品に仕上げる仕事だからです。

本づくり以上に、ポピュラリティ(大衆性)の比重が大きかった音楽業界では、音楽の質と大衆性の両立を重んじました。そのバランスをとる方針を打ち出すのは、アーティストだけでなく、プロデューサーの仕事でもありました。誤解を恐れずに言えば、自分が納得する演奏に意識が集中しがちなアーティストに対して、聴衆という他者を意識させるのが、プロデューサーの仕事だったわけです。

もう、おわかりですよね。原稿の執筆作業に集中する著者に対して、プロデューサーである“編集者”が「読者」を意識していることは――「編集者は最初の読者」と言われる所以です。著者の書いた作品を“編集者”が読んで、コメントを出す。そして今度は書き手が、読者を意識しながらテクストを修正していく。あるいは、編集者が長いバージョンの原稿をもとに短い原稿のバージョンに圧縮する編集作業を施すことさえあります。そこで作品は、さらなる変貌を遂げていくことになります。

ビートルズの解散後に出された音源に[アンソロージー, 1-3]という、編集作業や表現行為に関わるものが等しく注目すべき作品があります。そこには、プロデューサーの手が入っていない状態の音源が残されていたり、何回も録音されたテイクから最終的なアルバム・バージョンがプロデューサーによって編集されていく過程が示されていたりします。

若い頃のビートルズは、スタジオで何回か演奏をすると、『あとはジョージ(・マーティン)の仕事さ』と言って、パブに一杯飲みに行っていたそうです。そして、戻ってくると、ジョージ・マーティンがさまざまなテイクの良いところをハサミで切り離して取り出しては、それぞれをくっつけるという編集作業をして、最終的なアルバム・バージョンに仕上げていたのです。

特に晩年の多重録音の作品は、この名プロデューサーがいなければ成り立ちがたいのも、もっともなわけです。足りない部分のオーケストラの音なども、みんなジョージ・マーティンが足していたわけですから。LP《イエロー・サブマリン》のB面がすべてジョージ・マーティンのオーケストラ作品になっているところからしても、その腕前のほどが窺えるというところです。

【どうやって本を作ろう】⑤につづく

―― 磯前 順一 July 20, 2022

磯前順一(いそまえ・じゅんいち)

1961年、水戸生まれ(いまは水戸と京都を往ったり来たり)。1991年、東京大学大学院博士課程(宗教学)中退。東京大学文学部助手、日本女子大学助教授を経て、2015年より、国際日本文化研究センター研究部教授。文学博士。

著書は『土偶と仮面――縄文社会の宗教構造』〔1994年〕以来、多数。近著に『ザ・タイガース――世界はボクらを待っていた』〔2013年〕、『死者たちのざわめき――被災地信仰論』〔2015年〕、『昭和・平成精神史――「終わらない戦後」と「幸せな日本人」』〔2019年〕など。

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