どうやって本を作ろう
8 語るヒント 語って得るヒント(b)
前回の【どうやって本を作ろう⑦】では、講演での質疑応答を充実したものにする「準備」についてお伝えしました。
そこで今回は、質疑応答の「真っ最中」で起こっていることを、すこし踏み込んで眺めてみましょう。
質疑応答の秘訣は「傾聴の能力」にかかっています。
傾聴とは、他人の話に注意深く耳を傾ける営みですが、それはおそらく、報告者と司会がかならず備えていなければならないものといえるでしょう。
しかしここで強調したいのは、傾聴とは同時に“観音”と呼ばれる能力でもあることです。“観音”とは、「音を聴き分ける」こと、さまざまな「声を聴いて捌く」ことなのです。どの質問や意見を聞いて、どの声を聞き流すか。それをしっかり区別しなければ、私たちの心はパンクしてしまいますね。
特に、不特定多数の聴衆がいらっしゃる会場では、どのような方がどんなことをお話しされるのかを、前もって予測は出来ません。そうした場合、あらかじめ質問用紙を休憩時間など司会に提出してもらうのも、ひとつの手ですね。
無駄におしゃべりな人。頑固で自己主張一点張りな人。自分に自信が持てず控えめだけれど、良い意見を持っている人。司会者や話し手(質問の聴き手)が、質問者の話し方や内容から、瞬間にその「意図」を見抜かなければなりません。会場を守らなければならないのですから。
なかには、何らかの事情で「人前では意見を開陳したくない」人もいらっしゃいます。『だれそれさん、なにか、お考えがありそうですね……』と水を向けるまでは結構ですが、参加者全員に機械的に発言を求めるは最悪ですね。それは、民主主義という名の暴力です。
水道から流れ落ちる水をすべて呑んでいたら、すぐにお腹が満員になってしまいますよね。そこには「判断」がない。聴き分けて裁く「行為」がない。
どの質問が、自分の講演をさらに補ったり展開させてくれるものなのか? どの質問が、講演の場の雰囲気を壊そうとする悪意に満ちたものなのか、マイナスになるものか? 話し手は注意深く自分の講演を守らなければなりません。だから、すべての意見を聞くのは駄目。聞き流すことと、尊重することを、話し手と司会者がそのつど決めなければなりません。司会者とは、時間の調節をおこなう権利を持つ人、そして意見の採用・不採用を決める人なのです。
不採用を告げる際には、『ありがとうございます。たいへん興味深いご質問ながらも、今日の話題にはそぐわないようです。残念ですが、別の機会にまたお話ししましょう』と伝えれば、角が立ちませんよね。逆に、役に立った質問に対しては『貴重な意見ですね。私には気が付きませんでした。勉強になります』と一言添えてあげてから、次の質問に移ると、その人に自信を植え付けてあげることができるかもしれません。
何よりも大事なのは、専門家だから、とか一般人だから、とかという先入見とは違う基準をもって「質疑応答」の時間に臨めば、話し手である皆さん自身が、それまでの自分に気づいていないヒントを、日常の生活で豊かな経験をお持ちの皆さんから戴くことができるかもしれません。
そうしたら、次回の公演からはもう何枚か、スライドを加えることができますよね。話に「厚み」が出るということです。 話し手と聴き手のお互いが豊かになれる、そんな講演会になったらいいですよね。
【どうやって本を作ろう】 9につづく
磯前順一(いそまえ・じゅんいち)
1961年、水戸生まれ(いまは水戸と京都を往ったり来たり)。1991年、東京大学大学院博士課程(宗教学)中退。東京大学文学部助手、日本女子大学助教授を経て、2015年より、国際日本文化研究センター研究部教授。文学博士。
著書は『土偶と仮面――縄文社会の宗教構造』〔1994年〕以来、多数。近著に『ザ・タイガース――世界はボクらを待っていた』〔2013年〕、『死者たちのざわめき――被災地信仰論』〔2015年〕、『昭和・平成精神史――「終わらない戦後」と「幸せな日本人」』〔2019年〕など。