どうやって本を作ろう
5 主題を明確にする
どうですか。企画書を作ったら、伝えたいことがはっきりしましたか? 伝えたいこと、それは本の「主題」「テーマ」のことです。
実のところ、「何を伝えたいか」という主題は、最初は多くの場合は、書き手もハッキリと理解してはいないのです。最初は漠然と「自分の内にあるモヤモヤとした“想い”、あるいは強烈な印象を得た“出来事”を話してみたい」と思うところから始まるのです。むしろ、本を作る一連の作業を経るなかで、それが何よりも自分自身にとってハッキリしてくるのです。最初からハッキリしている主題だとすれば、それは他人から借りてきた“既成の物の見方”であって、自分がみずから作り出したものにはならないでしょう。
執筆中のこの本『震災転移論』〔木立の文庫, 2023年〕の場合、震災十年目に東北の被災地を訪れたことが出発点でした。現地の方たちは口々に『震災十年なんて区切りはない』とおっしゃっていました。震災十年で経済的支援を打ち切りたい政府の姿勢とは正反対のものでした。あのとき被災した人たちの多くは、いまだその失った家族や故郷に対する“涙”は枯れていませんでした。
しかし私のなかでは、単に現地の人に対して申し訳なく思ったり、自分があたかも現地の人の代弁者のように振る舞ったりするのとは違う、と感じる自分もそこにいました。罪悪感や正義感にとらわれてしまっては、現地の人々の感情に、津波のような感情に、自分もまたさらわれてしまうことになります。私には、現地で苦しむ人たちは、その痛みに共感しつつも、「自分たちとは違う物の見方をする人間の言葉」を待ち望んでいるかのように感じられたのです。
あの震災で家族も故郷も失わなかった私は、決して現地の被災者にはなれないのです。まず「自分ならではの言葉」が、心の底から熟成されてくるのを待たなければならない。そのための作業を進めていかなければならないと思いました――それが“本づくり”です。
そのために私は、これまで撮り貯めた被災地の写真をスライドとして(パワー・ポイントに)並べ始めました。その写真の間に、関連した言葉を添えて。
そうです、パワー・ポイントを企画書の目次に従って、一章ごとに作り始めたのでした。「翻訳不能な沈黙の世界」、そして「世界への転移から解放される」。そんな二つの言葉が、“主題”をめぐる言葉として程なく浮かび上がってきました。
【どうやって本を作ろう】 6につづく
磯前順一(いそまえ・じゅんいち)
1961年、水戸生まれ(いまは水戸と京都を往ったり来たり)。1991年、東京大学大学院博士課程(宗教学)中退。東京大学文学部助手、日本女子大学助教授を経て、2015年より、国際日本文化研究センター研究部教授。文学博士。
著書は『土偶と仮面――縄文社会の宗教構造』〔1994年〕以来、多数。近著に『ザ・タイガース――世界はボクらを待っていた』〔2013年〕、『死者たちのざわめき――被災地信仰論』〔2015年〕、『昭和・平成精神史――「終わらない戦後」と「幸せな日本人」』〔2019年〕など。