どうやって本を作ろう
2 企画書:読者を想定する
さて、とりあえずの見取図ができたら、海に漕ぎ出してみましょう。
最初に意識する必要があるのは「誰に向かってこの文章を届けたいのか?」ということです。
ずいぶん前にイギリスのロックバンド、ポリスのヒット曲に《孤独のメッセージ》というのがあったのですが、ご記憶にありますでしょうか――「孤島に住む主人公が、自分のメッセージを書いた紙を瓶に詰めて海に流す」という話でしたね。瓶にはあなたの設計図である【目次】が入ります。あなたは、自分の物語を誰に届けたいのでしょう――同じ学界の仲間ですか? ご家族ですか? それとも、まだ会ったことのない未知の読者ですか? ここはポイントです。よくよく考えてください。あなたは“自分の物語を誰に囁きかけたいのか”を。
さて、私の「企画」観をお伝えしましょう。
今日、出版社から本を出すためには、その会社の編集会議で承認される必要があります。一冊の本を世に問うには、組版代・印刷代・製本代・用紙代といった製造原価、デザイン代や編集費などの費用、加えて流通経費に広告費用というように、何百万円というお金がかかるのです。
そうした原価を回収して採算分岐点をクリアしたうえで、出版社で働く編集者や営業担当(ほか経理・総務・倉庫などの業務に就く人たち)の人件費をまかない、その上で、継続的な出版業としての営みを保証する利益を出さなくてはいけません。こう考えますと、甘い認識で企画を組んでいては、本が売れてその印税が著者に入ることなど、はるか遠い話になってしまいます。出版社から出す本は、思い出づくりのための自費出版とは違って、利益を出さなければならなりません。それがプロの書き手なのです。
企画書の項目を挙げてみましょう(木立の文庫さんの例も参考にしました)。
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①書名(正/副)
②著者名(既刊著書の有無: その著書の売れ行き/学界での評価・立ち位置ほか)
③造本(判型・頁数・図版点数・色数ほか)/初刷部数/予価
④企画時点での原価計算(印税率+製造費+編集費/部数/価格の整合性)
④ねらい(ジャンル内での位置づけ含め)・出版意義・既刊類書との関係
⑤要旨・イントロダクションほかサンプル原稿
⑥目次構成
⑦原稿完成・編集・製作・刊行までのロードマップ
⑧営業面でのメリット(序文・推薦文の可能性/書評の可能性――各紙誌での書評委員との繋がり/学会での評価なども併せて)
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どうですか? あなたが想定している読者で、こうした「商品」としての自分の本は成り立ち得ますか。成り立たなければ、もう一回、読者の想定を考え直してみましょう。商業行為として本を出す以上、私たちは、確実に一定数の読者を獲得する見通しを持ったうえでなければ、本を書き始めることはできないのです。
―― 磯前 順一 July 20, 2022
磯前順一(いそまえ・じゅんいち)
1961年、水戸生まれ(いまは水戸と京都を往ったり来たり)。1991年、東京大学大学院博士課程(宗教学)中退。東京大学文学部助手、日本女子大学助教授を経て、2015年より、国際日本文化研究センター研究部教授。文学博士。
著書は『土偶と仮面――縄文社会の宗教構造』〔1994年〕以来、多数。近著に『ザ・タイガース――世界はボクらを待っていた』〔2013年〕、『死者たちのざわめき――被災地信仰論』〔2015年〕、『昭和・平成精神史――「終わらない戦後」と「幸せな日本人」』〔2019年〕など。