お知らせ

『音楽が本になるとき』書評とメッセージのご紹介

新聞の書評欄で紹介していただきました

……本書の著者は、日本の出版界で困難と言われていた音楽書を次々に成功させている。自身の初の著書は、その成功譚かと思いきや、これは詩と散文、哲学のあわいにある、極めて繊細な、内向の書である。
……いずれの章、どの一行にも、いわば著者の心の動き、世界に対する内面への探求が、自らの視点への過信を防ぎながらこまやかに、静かに語られる。そして、これが最も重要なことだが、音楽が好きで仕方がない、という思いが装丁を含めたすべてから伝わってくる。
手に取るとき、頁をめくるときに、大切に扱いたくなる。

『毎日新聞』朝刊 2020年5月2日 ―― 評: 梅津時比古氏

 

熱い感想がつぎつぎ寄せられています!

桂川潤さん(装丁家)
わたしにとっての全編の白眉は、「音楽と物語」と「書かれていないことを読む」でした。二つの文章の内容は対になっていて、「音楽をことばにする」ことの魅力と陥穽、そこで要求される芸術性のみならず倫理的ともいうべき「自制」と「批評性」を、音楽出版というご自身のスタンスを問いつつ、緊張感をもって記されているのが印象的でした。
「音楽」を「ことば」に置き換える際、そこに自制と批評性がなければ、「音楽」は俗臭にまみれた「物語」へと堕す。この「物語」を作り出していく出版メディアや放送メディアの動きを、これほど明確に告発した文章を、わたし自身ははじめて知りました。……

沼野雄司さん(音楽学者、音楽評論家、桐朋学園大学教授)
……確かにかつて学生時代には、こうした書籍があったような気がします。ゆるやかな音楽美学の本といいますか、ガチガチとした学術的な装いではないけど、キリッと思考の筋が通っている本。
後半にいけばいくほど、上質の学術エッセイというか、やはり「音楽美学」としかいいようのない深みが充満しており、特に後半の「音楽は三角形~」以降は、高度なアイディアを伴った内容が平易な文章で書かれていると思いました。造本がまた、ものすごく素敵。すみずみまでモノとして丁寧に作られていることがよく分かる。ともかく、なんともいえず滋味あふれる書籍です。

椎名亮輔さん(音楽学者、同志社女子大学教授)
「わたし」と「あなた」が同じ方向(作品)の方を向いている、という表現にとても頷かされました。本を書くというのも同じことで、著者である「わたし」と読者である「あなた」が同じ方向を向いている必要がある。
そんな本を書かなければならないと思います。ただそれは完全に「同じ」ではなくて、当たり前のことですが、多かれ少なかれいつもずれているし、それを考えに入れるべきでもある。
リュック・フェラーリにインタビューした時に彼が「私が作品を書くのは、世界にはこのような『見方』もあるのだ、ということを示したいからだ」と言っていたのも思い出します。

林田直樹さん(音楽評論家、ジャーナリスト)
いまほんとうに心がささくれだってしまう、不安と恐怖にとらわれてしまう、そんな世の中じゃないですか。いったい、いつ出口があるのかわからないというこの時代。そうしたなかで、この『音楽が本になるとき』という本は、すごく心を落ち着かせてくれる、ほんとうに美しい音楽のような本だなと思いました。
木村さんは編集者として、音楽に対して、本というものに対して、すごくロマンティックな思いを持っているんだなということを感じました。とても親密な、そして他者に対する思いが、この本にはこもっていると思います。

――インターネットラジオ「OTTAVA Salone」: 2020年4月24日放送より

マガジンやブログでも取りあげられています

音楽と聴き手との関係について書かれた、これは稀に見るような美しい本である。…[中略]… あたかも哲学の道をゆっくりと散歩するかのような、充実した思考の時間を、やさしく誠実な言葉によって、もたらしてくれる一冊である。

林田直樹さん(音楽ジャーナリスト、評論家)

どこといって劇的なところもなく、リベラルアーツ全体の頌歌である淡々とした佇まい。これはまさに木村元そのもの。ひねった天才型も多いこの業界で、こういうまっとうな人が真ん中にいてくれるのは実にありがたい。

平井洋さん(音楽リサーチャー、ブロッガー)

大上段に構えたところはなく、すいすいと読めるのだが、根幹となっているテーマは音楽のあり方そのものについてであって、深いところに切り込んでくる。友人に宛てた私信のような、率直でゆるやかな音楽論。…[中略]…特に後半がおもしろい。「音楽との『出会い』はどこからやってくるのか」の章では、今やYouTubeが音楽を聴くためのツールになっており……[略]

飯尾洋一さん(音楽ライター、編集者)

音楽が本になるとき