みんなのひきこもり

第9回 巣ごもりと《病的ひきこもり》を分けるもの

[加藤隆弘]


そもそも《病的ひきこもり》とはどのような状態なのでしょう。

 

先に、私たちが新たに作った「ひきこもり」の定義を、連載第4回で紹介しました。

現在のひきこもり状態が病的か否かの判断は、物理的にひきこもっている本人あるいは周囲(主に家族)がその状態に対して困っているか、あるいは、ひきこもっていることで学業、就労、あるいは日常生活に支障を来しているかどうか(つまり、機能障害の有無)が鍵になります。

いくら物理的にひきこもっているといっても、すべてを病的とみなす必要はありません。職業的にひきこもり的な環境が適している仕事があります。宗教によっては、隠遁(hermit)を修行として課しているものもあります。小説家や芸術家の中には、創造的活動を行うために敢えてひきこもり的環境に身を置くこともあるようです。私自身も、何かに集中的に取り組みたいとき、ふと、「ひきこもりたいなあ」と思わないわけではありません。したがって、コロナ禍における外出自粛のなか、巣ごもっている状態が「物理的撤退」の定義を満たすからといって、すぐに「病的ひきこもり」と見なす必要はありません。

新しい定義の補足項目には、「どのくらい社会参加しているか(就労や学業の有無)」「直接人と交流する機会があるか」「インターネットを通じた人との交流があるか」「孤独感をもっているかどうか」「精神疾患を並存しているか」といった評価が含まれます。補足項目を含む詳細な評価を実施することで、一人ひとりの状態に応じた個別性の高い適切なひきこもり支援を提供しやすくなることを期待しています。

今回の定義では、一人暮らしの高齢者や主婦も《病的ひきこもり》の基準を満たす可能性があります。特に、中高年の「社会的孤立」は、孤独死といった無視できない重要な社会問題に直結しており、今回の定義がこうした人々の早期発見・早期支援にも役立つはずです。

“コロナ禍”のなか、ステイホームや人と物理的に距離をとることが「ニュー・ノーマル」と呼ばれはじめた社会のなかで、《病的ひきこもり》か否かの評価は、容易ではありません。しかしながら、いまこそまさに《病的ひきこもり》であるか否かの評価が求められる時代に突入したのではないでしょうか。

 

昼間は悶々として自室にひきこもっており、人目の少ない深夜に毎日20分程度コンビニへ外出している、そんな場合はどうでしょう。週4日以上外出しているため今回の狭義の定義からは外すという考えもあります。当事者も「俺は毎日外出しているじゃないか! ひきこもりじゃないぞ!!」と主張するかもしれません。

しかしながら、こうした場合には、補足項目の「社会参加の欠如」や「対人交流の欠如」まで評価し、「病的ひきこもり」に類する状態として評価し、支援に繋げることが重要です。ちょっとした散歩やコンビニ外出があるだけで、「外に出ているからひきこもりではない」と断定しないことが重要です。


加藤隆弘加藤隆弘(かとう・ たかひろ)

九州大学病院 精神科神経科 講師
日本精神神経学会専門医・指導医、精神保健指定医
共著『北山理論の発見』(創元社 2015年)など