みんなのひきこもり

第6回 「孤独」と“孤独感”って一緒?

[加藤隆弘]


コロナ禍の遷延(せんえん)により、「身近な人がひきこもりになるのではないか」、あるいは「自分自身もひきこもりになってしまうのではないか」という不安を、漠然といだいている方がいるかもしれません。
今回は、病的なひきこもりに陥らないためのノウハウをみなさんと考えてみましょう。

コロナ禍による外出自粛により、いまも「物理的にひきこもりがち」な生活を余儀なくされている方が少なくないと思われます。わたしたちが独自に開発したばかりの【病的ひきこもり評価基準】に照らすと、緊急事態宣言があと数ヵ月延長されていたら、多くの国民が「プレひきこもり」と評価される状態になっていたかもしれません。
外出できないこと、外出を制限されることは、わたしたちに大きなストレスを与えます。そのストレスは、無意識的に感じられるものが多く、自覚できないことが多いのです。直接人と会うことが出来なくなったとき、私たちは「人恋しい」気持になります。この「人恋しい」気持に蓋をしてしまうとストレスはどんどん増大してゆくかもしれません。
ということは逆に、こころの蓋に自覚的的になることは病的なひきこもりの予防につながるかもしれません。

「孤独(isolation)」と“孤独感(loneliness)”の違いを考えたことがありますか。
「孤独」とは、「孤立」とほぼ同義であり、物理的にひとりぼっちの状況にある、その状態のことです。わたしたちが開発した《病的ひきこもり》の基準では、この物理的な「孤独・孤立(isolation)」を必須としました。
他方、「孤独」に「感」がくっついている“孤独感”とは、その孤立した状況にいる人が主観的に体験する、どちからというとネガティブな情緒のことです。平たく言えば、「さみしい」「せつない」「人恋しい」といった形容詞で表現される気持です。
ひきこもり臨床において“孤独感(loneliness)”の評価は簡単ではありません。『僕は独りでも平気です!』と言いながらも、どこか寂しそうな、人恋しそうなひきこもり者に数多く出会ってきました。したがって、今回の評価基準では“孤独感”の存在を必須項目には入れませんでしたが、ひきこもり臨床では、一人ひとりのひきこもり者の物理的な孤立状況とともに“孤独感”を推し量り、本人は主観的には「孤独感がない」と訴えているとしても、なんらかの支援の手を差し伸べることが重要であろうと私は考えています。


加藤隆弘加藤隆弘(かとう・ たかひろ)

九州大学病院 精神科神経科 講師
日本精神神経学会専門医・指導医、精神保健指定医
共著『北山理論の発見』(創元社 2015年)など