みんなのひきこもり

突然の「みんなのひきこもり時代」到来?

2019年9月26日にオンライン連載がスタートした《みんなのひきこもり》

世界的な英語辞典にも収められた ‘Hikikomori’
九州大学病院精神科神経科の加藤隆弘先生は国際共同研究をつうじて
“ひきこもり”の病態解明と新しい治療法開発をすすめています
その専門家が「生物/心理/社会」諸面から踏み込んで
人にとっての“個”という課題について 皆で考える連載です

――コロナ社会の“巣ごもり”に光が当てられ 本格スタートとなります


こんにちは 再び

[加藤隆弘]


 2019年秋に《みんなのひきこもり》という連載を始めました。
イントロダクションを書き上げて、さあ、次の原稿を書こう書こうと思いつつ、なかなか筆が進まない時期を過ごしておりました。私のこうした“先延ばし”心性は、ひきこもりの方が「明日は学校に行こう!」「明日はハローワークに行こう!」と思いつつ、なかなか外の社会への扉を開くことができない心性とかわりないものでしょう。


 そんななか、12月に中国の武漢において未知の急性呼吸器疾患が集団発生し、その原因が新型のコロナウイルス(COVID-19)であることがニュースで報じられました。当時、対岸の火事としか思えなかった新型コロナウイルス感染症は、武漢から中国全土、そして、世界中へ拡がり、世界保健機構(WHO)はパンデミックを宣言しました。悲劇的なことに、世界中で多くの方々が感染し、何十万人もの人々がお亡くなりになりました。亡くなった方々に哀悼の意を表します。
 我が国でも日に日に感染者数は増加し、4月下旬には全国に緊急事態宣言が発令される事態に陥っています。新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐべく、いま、世界中で ‘Stay at Home(家にいなさい!)’ がスローガンとして叫ばれ、我が国でも「不要不急の外出を控えること」が私たち国民に課されています。
 連載をはじめた昨年秋の時点で、私の脳裏には「2050年の未来にはインターネット社会の拡大とともに大気汚染など外出しづらい状況が生じて、ひきこもり的な状況は社会的に受け入れられる、あるいは、受け入らざるをえない時代になるかもしれない」といった漠然とした思いがありました。ところが、期せずして、私たちは、いま、この2020年の春に、ひきこもりのような生活をせざるをえない状況に置かれることになってしまったのです。
 もちろん、みなさんがご存じのいわゆる“ひきこもり”と、現在私たちが不要不急のスローガンや感染恐怖の元で強いられている「巣ごもり」状況とが全く同じわけではありません。しかし私は、新型コロナウイルス感染症による外出や直接的な対人交流の機会が減少し続けることは私たちに想像以上の心身への負の影響を及ぼしかねないと、一精神科医として、そしてひきこもり臨床の専門家として危惧しています。いまだ、新型コロナウイルス感染症の治療薬は開発されておらず、「自分も移ってしまうのではないか」あるいは「知らず知らずのうちに自分が誰かに移してしまうのではないか」という不安や恐怖で戦々恐々としながら、怯えながらひきこもっている人も少なくないはずです。

 これまでの“ひきこもり”臨床で明らかになったことがあります。
 「ひきこもり者」は、ひきこもり始めの少なくとも数ヵ月は、ひきこもる前よりも精神的に安定する傾向があるということです。日々の辛い人間関係から逃れることができてホッとする方が少なくないのです。しかし、こうしたひきこもり状況が数ヵ月、数年と続くなかで、生活リズムが乱れたり、独りぼっちの感覚が強まったり、他方では家庭内での軋轢が強まったりして、家庭内不和や心身の不調を来たしやすくなるのです。
 もし、コロナ自粛がこれから数ヵ月、数年と続くとしたら、「ひきこもり者」に見受けられたような心身の不調や家庭内での問題が世界中いたるところで発生しかねません。特に学生のみなさん、大丈夫でしょうか? ――《みんなのひきこもり》というネーミングに半年前であれば違和感を思えていた読者のみなさんも、いまは他人事ではなく感じておられるのではないでしょうか。いま、私たちはまさに「みんなのひきこもり時代」に突入しようとしているのかもしれません。


 この連載では、従来の“ひきこもり”に関する理解やその対処法を中心にとりあげつつ、私たちが余儀なくされている「コロナ自粛」のなかで心身の健康を保つコツに関しても、適宜ふれてゆきたいと思います。“ひきこもり”への理解を深めて、未曾有の「みんなのひきこもり時代」を生き延びるための術を身につけてゆきましょう!
 私の好きな精神分析家に英国で小児科臨床も実践していたドナルド・ウィニコットという人物がいます。そのウィニコットは ‘capacity to be alone’ という言葉を後世に残しました。日本語では「ひとりでいられる能力」と訳されることが多いのですが、ここでは敢えて「ひきこもる能力」と訳してみましょう。ウィニコットはこの「ひきこもる能力」を得ることこそが、未来を創造的に生きるためには不可欠であると提唱しています。コロナ自粛による ‘stay at home’ の先に明るい未来が訪れることを信じて、いまこそ「ひきこもる能力」を得られる大事な時期と捉えて、この難局を乗り切りたいものです。


加藤隆弘加藤隆弘(かとう・ たかひろ)

九州大学病院 精神科神経科 講師
日本精神神経学会専門医・指導医、精神保健指定医
共著『北山理論の発見』(創元社 2015年)など