森のたより 樹のことば

和して同ぜず

[中島由理] 


冬の時期は花も咲かず、広葉樹は葉を落とし、森の樹々は沈黙している。

 

常緑の針葉樹は冬にも葉を落とすことはないけれども、枝だけになった広葉樹の木々に歩調を合わせるかのように、寒くなるにつれ少しずつ渋い色調に変えている。

違和感なく、枝だけになった茶色の広葉樹林に溶け込んでいる。同じ色になるのではなく、違う色だけれど、調和している。
その姿を見て、ふと、「和して同ぜず」という言葉が浮かんできた。

Harmonize but not agree.
Harmonize but not agree.

森の樹々は、各々全てが個性的で全てが違った姿でありながら、全体として見事に調和している姿にいつも感嘆させられる。

樹も花の時期など主張すべきときは主張もする、けれども、決して悪目立ちしたり、浮き上がることがない。
どの樹もその場所にふさわしい姿に変えても、ナラの樹はナラの樹でありながら、森全体として調和している。

多様なものが、本質を変えることなく、皆が同じになることなく、和する道を体現している。

 

人工的に植林された杉林を見慣れていたせいか、初めて見た自然林のその見事な配色や配置の見事さに感激したものだった。

遠くから眺めると、とんがった針葉樹がまばらに絶妙なアクセントを描きながら、リズムを刻みながら林をかたちづくっている。
スギやヒノキばかりだと遠目で見ても重すぎる。広葉樹の合間にポツポツと見えているのが、絶妙なのである。

 

スギやヒノキだけ植えられた林は薄暗くて気味悪く、尖った落ち葉が堆積しているだけで下草があまり生えない。
緑の砂漠、その表現どおり殺伐として、そこから早く遠ざかりたいような気配がする。
それは効率のみを考えた、多様な命を顧みないこころの表れなのかもしれない。

歩いて楽しく、目に美しい森、多様なものが混在しながらも、調和しているそんな森であるように、周囲の林を管理している。
薪ストーブに使う樹もいろいろあっていい。
じっくり長く温めるには、広葉樹の小楢やクヌギの薪が良いし、針葉樹は焚付けや一気に温度を上げるのに役立ってくれる。
いろんな状況に対処するには、いろいろな樹種、大きさの薪があるといい。

They like this space, and they are fine.
They like this space, and they are fine.

日本の低山は広葉樹だけでなく、まばらに針葉樹もあってこそ、変化に富んだ風景を見せてくれる。

ある時、樹木医に雑木林に生えている赤松を伐採してはどうかと相談したところ、
「彼らはここが気に入ってここで元気にしているのだから、このままの方がいい」と言われた。

赤松はこの八ヶ岳近辺では植林したものが多く、その種がやってきて自然に芽生えたようだったが、その姿があまり好みではなかった。
けれど、ここ八ヶ岳山麓では冬の強すぎる風も、常緑の赤松や一位の木が和らげてくれているのだった。
生命がここに生を受けて在るということは、ここでなければならなかったという必然的な理由があるのかもしれない。

 

寒いところで生きる針葉樹は雪がよく似合う。


中島由理 (なかじま・ゆり)
京都市生まれ、同志社大学で哲学・倫理学を専攻。
自然の中での人の立ち位置を考えるなか“ほんとうの自然”を自分の目で確かめるため、自然農を試み、日本各地の原生林や高山を訪ね歩く。人の手の入らない自然の中に、驚くような調和とうつくしさを見つけて、「森」をモチーフに油彩・水彩で表現。現在、山梨県小淵沢町に居を移し、身近に自然と接しながら、制作を続ける。
●中島由理 公式サイト
http://www.ne.jp/asahi/yuri/gallery/index.html