木立のカフェ

木立のカフェ OPEN!

煎りたて 挽きたて 淹れたての一杯


talking with 村井俊哉氏(京都大学大学院医学研究科精神医学教室 教授)
cafe @ GROVING BASE(京都市下京区新町通松原下ル)

村井俊哉氏

村井俊哉
村井さん

《木立の文庫》サイト立ち上げにあたっての“カフェ”のオープンですね。《木立の文庫》全体もそうなんでしょうけど、このコーナーでも、半分バーチャルな「語り場」のようなコンセプトで、ゆったりした感じはするんだけど専門的な話もして、というようなレベルで皆さんと交われるといいですね。

常連さん
常連さん

その昔“カフェ”という場にはそんな時間が流れていましたね。どうということのない世間話もするんだけども、一杯のコーヒーで四時間粘って、日替わりの談義に花を咲かせて……という。

無目的で無計画に発想が交わる

村井俊哉
村井さん

今はそういう場がだんだん無くなってきています。なぜそうなってきたかというと、私のような精神科医療に携わる者も含めて「ひとのこころ」をあつかう分野で働く人、たとえば心理系の人が忙しくなってきて、漫然と語り合うなんていう暇がなくなったこと。それと、国の政策とかもあるんですけど、研究費を取ってミーティングをしてその報告書を書くというような「型にはまった」セッティングを守る必要が非常に大きくなってきたこと。

常連さん
常連さん

考えたりしゃべったりというのは、そういう「お膳立てされた」場所でやる。

村井俊哉
村井さん

そういう場所で、しかも最初に研究計画を出して、それを着々とやれというような……。要は、国の税金を使ってやっているので、そういう形になってきているのです。「単にしゃべる」ということがほとんどなくなっているんです。

常連さん
常連さん

そうなんですよね……いまの社会は。ただ話す、無目的で計画もなく、という場に餓えているような気がするのです。それもネット空間ではなくて……。

村井俊哉氏

村井俊哉
村井さん

昔はよくやっていたんですよね。僕が研修医に入った30年近く前の頃は、だいたいそんな感じで“カフェ”談義がありました。当時、有名な木村敏(きむら・びん)教授がいらっしゃって、先生を囲む読書会とかがあって、読書会自体でもフリーなディスカッションをするんですけど、その後に、木村先生もいらっしゃったと思いますし、若手だけだったこともあるのですが、すぐに居酒屋に飲みに行くということはなくて、コーヒーを飲みに行きました。僕もお酒を飲むのはすごく好きなんですけど、考えてみたら“カフェ”もすごく必要かな、と。そういう時間が今はなくなっていると思います。

常連さん
常連さん

飲み会には飲み会の役割がありますけど。

村井俊哉
村井さん

飲み会での話というのは、議論を深めるためというよりは、基本的には親睦を深めることが目的ですね。たとえば共同研究のネゴシエーションをしたり、仲良くなって次につなげるとかの目的であって、そこでもう一歩発想が湧くというようなことではない。

常連さん
常連さん

ゆるやかな勉強会といった場もありますが……。

村井俊哉
村井さん

勉強会とか研究会でも、だんだん時間が短くなると、フォーマットができちゃうんですよね。シンポジウムだと、一人20分話して最後に総合討論を20分とるとか、それではほとんど話はできないですよね。なので、そもそも総合討論で何を話すかについて、前もってお約束ができていたりということがあるんです。

村井俊哉氏

村井俊哉
村井さん

こういう場があったらいいかなと、ずっと思っていました。皆さんに体験してもらうのは《木立の文庫》Web Baseだけど、僕たちは実際にカフェに来て話をするというのがいいと思います。

常連さん
常連さん

そうですね。ウェブサイト用に書いてバーチャルにカフェっぽく演出するという手もありかもしれないですけど、そうではなく、現実のカフェという時間・空間でリアルに話す。

村井俊哉
村井さん

そういうコンセプトで、僕がしゃべらせてもらったり、あるいは別の方に来てもらったり、一緒に話したり、いろんな形がとれますよね。三、四人で話すこともできる。

常連さん
常連さん

いいですね。ところ変わればテーマも変わる。

村井俊哉
村井さん

今日は「カフェ」そのものがテーマですけど、何とでもできる。たぶん呼ぶ人によって自然に出てくると思うんですね。テーマなんて、話しているうちに多少動いてもいい。それがやっぱり“カフェ”の良さだと思うので……。

現場と学問のあいだからの発信

村井俊哉
村井さん

こうしたコンセプトの“カフェ”があったらいいかな、と思っていたのには二つの理由があります。ひとつは、僕らのやっている分野では、普通の医者とか心理臨床家とかが、現場で頑張って仕事しているんですけど、本格的な学問というよりは、やや素人的な学問をしている、という点です。

常連さん
常連さん

ん? 素人的……?

村井俊哉氏

村井俊哉
村井さん

歴史学とか哲学とかでは、本格的に文献をきっちり押さえて決まった作法でものを言う、決して単なる個人のオピニオンではない本来の学問です。そういうものはカフェで話すよりもむしろ研究室で考えたほうがいい。それと較べると、われわれの学問というのは、素人ではないけれども半分素人みたいなところがあるんです。われわれの業界にも非常に人気のある中井久夫(なかい・ひさお)先生のようなカリスマ的な人たちがおられます。こうした人たちの書いたものに、私も皆さんも非常に感銘を受けるかもしれませんが、それらが学問のフォーマットを完全に整えた学術論文かというと、そうではない。でも、それがやはり必要で、現場と学問の中間ぐらいのところからの発信は非常に大事なんです。それを容れていくようなフォーマットとして、“カフェ”というセッティングは非常にいいのではないかと思います。

常連さん
常連さん

そうか。そういう発想・発信には、パソコンに向かう部屋ではなく、“カフェ”での語りあいのシーンがお似合いということですね。

村井俊哉
村井さん

そういう意味で、このスタイルがいいのではないかと思ったんです。もうひとついいなと思うのは、いま僕らがいる場所です。京都人は京都をほめ過ぎるから鬱陶しがられるんですけど、やはり今日だってこの〈GROVING BASE〉という空間がいいので、発想が湧いてくる。これが仮に京都以外の場所からの発信だとしたら、ネットでのバーチャルな意見交換でもいいかもしれないですね。せっかく京都から発信するので、ここに限らずいろんなリアルな“カフェ”から発信したほうがいいのかなと。

常連さん
常連さん

そのほうが等身大で体温のある話を交わせそうな……。

木立のカフェ1

常連さん
常連さん

このたび《木立の文庫》発足にあたっての“カフェ”開店ということですが、そもそも《木立の文庫》そのものにもそういうイメージを抱いています。いろんな植生があって動物がいるなか、いろんなものたちが集まってくる。おのおのの「多様な個」が立っているなかで、それぞれが影響しあって、たえず変化しながら場がつくられていく。そこには小川も流れているかもしれないし、虫が飛んでくるかもしれない……そういうリアルな「場」感覚というのが、“カフェ”にとてもマッチしているような気がします。

村井俊哉
村井さん

確かにそうですね、木立と個立ち。それと、もうひとつの“カフェ”の良さとしては、合宿しているわけではないので自由に出入りが許される、というところがありますね。徹底討論となるとちょっとしんどいですが、変化が許される“カフェ”では、今おっしゃったように個が立って……。

常連さん
常連さん

一人抜けてもいいし。

村井俊哉
村井さん

また、別の場所に帰って仕事をするわけで……。

常連さん
常連さん

そうですね。いっとき集まっては帰っていく。

(2018年9月3日)

“木立のカフェ” 次回は11月
(案内ご希望は当サイト【お問い合わせ】まで…!)


■協力 カフェ:GROVING BASE/取材:伊藤洋子・小林依里子/編集:Office Hi